原発事故・津波関連情報
日本土壌肥料学会
土壌・農作物等への原発事故影響WG
1.はじめに
放射性Csに汚染された土壌の処理方法としては、土壌にCsを吸着する物質等を入れて移動しにくい形態として固定する方法、汚染した表層土壌と深層土壌を入れ替え作物と汚染土壌との接触を遠ざける方法等がある。一方、浄化方法としては、放射性Cs濃度の高い土壌表層を取り除く方法、Cs集積植物を栽培しその植物体を回収することにより土壌からCsを取り除く方法(植物を利用した環境回復;ファイトレメディエーション)等がある。
ファイトレメディエーションによる土壌中放射性Csの浄化は、植物によるCsの吸収・転流のメカニズムを積極的に利用する方法である。さらに、植物によるCsの吸収・転流の違いを明らかにすることに発展させることができた場合は、特定種による浄化効率の向上、可食部へCsが移行しにくい作物種による安全性の向上等に寄与することになる。そこで、本稿ではCsの植物移行とそのメカニズムについて、現時点で分かっていることについて情報提供する。
2.Cs集積植物とファイトレメディエーション
Broadleyら(1999)は、植物のCs吸収について報告された14の論文結果を解析し、植物種間の相対的なCs-137濃度として136種の植物について順位付けを行なった。その結果、ヒユ科及びアカザ科の植物体中のCs濃度が高くなることを明らかにした。特に、ヒユ科のアマランサス、アオゲイトウ、アカザ科のビート、キヌアはCs濃度が高く、Cs汚染土壌の浄化植物として利用できる可能性があるとしている。ファイトレメディエーションを考える場合、その技術を適用する環境や土壌によって栽培できる植物種が異なることも考えられる。山上ら(2009a, 2010)は、青森県の黒ボク土壌に77の栽培植物と50種の野生植物を栽培し土壌中に元々含まれる安定Csの植物体への吸収量を測定した。Cs濃度が高かった栽培植物は、キク科のカキチシャやヒマワリ、アカザ科のビートやホウキグサ、ヒユ科のアマランサス、スベリヒユ科のタチスベリヒユ、タデ科のルバーブ、アブラナ科のカラシナであった。また、野生植物中では、ヒユ科のアオゲイトウやヒモゲイトウ、タデ科のギシギシやオオイヌタデ、キク科のチコリやハキダメギクが高かった。ファイトレメディエーションに利用可能となる植物を選定する場合、Cs濃度が高くても植物体が小さく生育が環境条件によってばらつくものは不適切である。一方、Cs濃度が比較的高く植物体が横に広がらずに立ち上がり、大きく生育するものは有望である。植物体の乾物量及び栽植密度(密植耐性)を考慮して単位面積当たりのCs収奪量を算出した結果、栽培植物においては、アマランサス、ヒマワリ、カキチシャ、タチスベリヒユが、野生植物においては、アオゲイトウ、ヒモゲイトウ、オオイヌタデがCs浄化用植物として可能性のあることを報告している。ただし、生育環境に対する評価をしていないため、福島県の環境で適用するためには、収奪量及び濃度が高かった上位の植物もしくは同じ属の植物から福島の環境に適したものを数種選んで、生育の差異や生育時期による植物乾物量等に注意して実施する必要がある。また、日本における670種、180科の植物種の葉中Cs含有率の解析から、Equisetaceae(トクサ科)、Adiantaceae(ウラボシ科)、Polygonaceae(タデ科)、Convolvulaceae(ヒルガオ科)、Iridaceae(アヤメ科)等において含有率の高いことが報告されている(Watanabeら、2007)。
実際のCs-137汚染土壌における試験では、アマランサス(Fuhrmannら, 2003)、ビート(Evansら, 1968)、アオゲイトウ(Lasatら, 1998; Fuhrmannら, 2003)等の植物地上部への吸収量が多かったとの報告例がある。本ホームページの第2報の解説記事で述べたように、福島原発事故以降に降下したCs-137の大部分は土壌表層にとどまって存在していると考えられる。したがって、表層のCs-137を効率よく除去するためには、ひげ根が土壌表層部に多く分布するイネ科植物によるCs-137の除去が効率がよいとの考え方もある。ちなみに、イネ科植物体中のCs濃度はカモジグサ属(Agropyron)、キビ属(Panicum)、ハルガヤ属(Anthoxanthus)、イチゴツナギ属(Poa)、ドクムギ属(Lolium)で高く、オオムギ属(Hordeum)、コムギ属(Triticum)、ライムギ属(Secale)、イネ属(Oryza)では低いとする報告がある(Broadleyら、1999)。
ファイトレメディエーションは、土壌中Cs-137の植物への可給性を低減する上で有効な手段であるが、同時に収穫方法、回収した植物体の処理及び処分方法について検討する必要がある。
3.Csの経根吸収とその分子生物学的知見
Csは土壌に降下すると1価の陽イオンとして働き、大部分は土壌粒子の負電荷と結合する。植物に取り込まれるCsは、土壌粒子に結合したCsの一部が土壌間隙水中に溶出し、植物が利用できる形態(可給態)として存在し、土壌の物理化学的特性、土壌有機物特性、土壌微生物の作用等により変化する。したがって、植物根によるCs吸収を考える場合、根細胞レベルでのイオン吸収特性に加え、根の形態的特性(ひげ根の発生等)、土壌中におけるイオンバランスに影響を与える有機酸等の分泌特性、酸化還元力、根圏微生物相等を考慮する必要があるが、ここでは根細胞レベルでのイオン吸収特性に限定して記述する。
植物の栄養素の吸収は主に若い根の先端で行われ、根細胞の膜にはイオンや有機物を細胞内に吸収もしくは排出する輸送体タンパク質(トランスポーター、チャネル等)が存在する。Csは同じアルカリ金属であるカリウム(K)と化学的性質が類似しているため、Kの輸送系を使って植物内に吸収されると考えられ、K輸送系を用いたCsの移行メカニズムに関する研究が多く報告されている。Kの輸送系は、K+チャネル系、HKTトランスポーター系とKUP/HAK/KTトランスポーター系の3種類のグループに分けられ(魚住, 2011)、根におけるCsの吸収がどの輸送系で主に行われているのかについての知見は、近年になってようやく一部が明らかになってきた。
K+チャネル系に含まれるシロイヌナズナのAKT1やKAT1のK輸送は、Csの存在で著しく抑制されることはよく知られており(Ichidaら, 1996; Broadleyら, 2001)、K+チャネルの孔にCsが入り込み、Kの通過を妨げていると考えられる。一般に、植物個体レベルにおいてK欠乏条件でCsの取り込みが促進される現象が観察されるが、AKT1やKAT1輸送体がその現象に直接関与しているかについては明らかにされていない。シロイヌナズナのAKT1欠損株であるakt1破壊株はKの吸収は低下するが、Csの吸収は正常株と差異がなかったことから、AKT1はCs吸収には関与しないことが明らかになっている(Broadleyら, 2001)。同じく、HKTトランスポーターに関してもCsの取り込みに直接関与するか否かの知見は不明な点が多い。コムギやオオムギのHKTトランスポーターはK欠乏条件になると発現が増大し(Wangら, 1998)、Kイオン選択性は低い(Sacchiら1998)ことから、K欠乏時のCs吸収増大に関与している可能性が示唆されるが、hkt破壊株での証明はされていない。近年、KUP/HAK/KTトランスポーター系のHAK5が、K欠乏下においてCs取り込みに関与していることが明らかになった(Qi ら, 2008)。シロイヌナズナのAtHAK5の破壊株であるhkt5は、Csの吸収が野生株に対して50%以下に抑制された。また、AtHAK5のシロイヌナズナでの発現はK欠乏及びNH4欠乏の条件で増大した。さらに、酵母にAtHAK5を発現させた系でのCs吸収はNH4濃度が低い条件で増大した。Kobayashiら(2010)はシロイヌナズナのAt KUP/HAK/KT 9が、Kと比較すればわずかであるがCs輸送活性を持つことを大腸菌の発現系解析で明らかにしている。
Whiteら(2000)はCsの輸送系として、上記のK輸送系に加えて、非選択的な陽イオン輸送系であるVICC(Voltage-independent Cation Channel)が考えられることを述べている。シロイヌナズナのVICCには大きく分けてAtCNGCとAtGLRの2種類が存在し、CNGCグループには20種のCNGC輸送体がある。AtCNGC17を大腸菌の発現系に発現させてCsの輸送活性をCs-134の取り込みで調べた結果、Cs輸送活性を見出している(Yamagamiら, 2007)。また、シロイヌナズナのRIライン(Recombinant Inbred Lines)のCs濃度差異を指標としてQTL解析した結果、AtCNGC1がCsの体内濃度の増加に関与している可能性があることが明らかになった(Kanter ら, 2010)。加えて、EMSによる変異処理によって複数のCs吸収促進株が獲得されていることから、遺伝子レベルでの変異がCs吸収を制御している可能性が認められている(山上ら, 2009b; Quadir, 2011)。
Csの輸送に関与している輸送体が明らかになることによって、輸送体の発現制御、輸送体遺伝子導入植物の作製が可能になり、遺伝子工学的手法によるファイトレメディエーション用植物の開発が可能になってくると考えられる。加えて、Csの細胞への吸収輸送活性ばかりでなく、細胞外への排出輸送活性の研究も重要である。CsはKに比べ果実、肥大根及び種子へ移行しにくい元素ではあるが、可食部への再転流をより低減する上でも、導管や師管への排出機構の解明も視野に入れるべきである。
引用文献
Broadleyら(1999) Environmental Pollution 106, 341-349.
Broadleyら(2001) Journal of Experimental Botany 52, 839-844.
Evansら(1968) Canadian Journal of Plant Science 48, 183-188.
Fuhrmannら(2003) Journal of Environmental Quality 32, 2272-2279.
Ichidaら(1996) Journal of Membrane Biology 151, 53-62.
Kanterら(2010) Journal of Experimental Botany 61, 3995-4009.
Kobayashiら(2010) Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry 74, 203-205.
Lasatら(1998) Journal of Environmental Quality 27, 165-169.
Qiら(2008) Journal of Experimental Botany 59, 595-607.
Quadir (2011) Ionomics study of stress response in Lotus japnoicus. 北海道大学博士論文
Sacchiら(1998)Plant Cell 38, 282-289.
魚住 (2011) 日本土壌肥料学会雑誌 第82巻第1号, 65-69.
Wangら(1998)Plant Physiology 118, 651-659.
Watanabeら(2007) New Phytologist 174, 516-523.
Whiteら(2000)Ney Phytologist 147, 241-256.
山上ら(2009a) 平成20年度環境科学技術研究所年報, 27-29.
山上ら(2009b)日本土壌肥料学会京都大会講演要旨.
山上ら(2010) 平成21年度環境科学技術研究所年報, 27-29.
Yamagamiら(2007) XIV International Workshop on Plant Membrane Biology, Valencia, Spain.