原発事故・津波関連情報
日本土壌肥料学会
土壌・農作物等への原発事故影響WG
第1報では、「土壌-作物系における放射性Csの基礎的知見」について取りまとめ概要を紹介した。第2報では、土壌におけるCsの動態を詳しく紹介すると共に、土壌から農作物への放射性Csの移行、およびチェルノブイリ原子力発電所事故後に行われた土壌から植物への移行低減化対策の事例を紹介する。なお、福島県農林水産部(平成23年4月6日)によると、土壌から検出された放射性Csは、Cs-134(半減期:2.07年)とCs-137(半減期:30.1年)である。両放射性核種の土壌中でのふるまいや、土壌から農作物への移行は同様である。しかし、現存するCs-134とCs-137濃度は、放射性壊変によって2年後にはそれぞれ51%と96%に、10年後にはそれぞれ3.5%と79%に減少する。
1. 土壌におけるCsのふるまい
土壌粒子の表面は、負に帯電している。土壌中で1価の陽イオンとしてふるまうCsは、カリウム(K)やカルシウム(Ca)などの陽イオンと同様に、この負電荷を中和するかたちで土壌表面にとどまる性質を持つ。土壌の負電荷は、有機物や粘土鉱物に由来している(図1(2013改))。有機物に由来する負電荷に保持されたCs+は他の陽イオンによって容易に置き換えられる(イオン交換反応)。しかしある種の粘土鉱物のもつ負電荷に、Cs+はきわめて強く「固定」され、他の陽イオンによって簡単に置き換えることができなくなる。このような性質を持つ粘土鉱物は、2:1型層状ケイ酸塩と呼ばれ、薄いシート状の層が積み重なり、層と層の間に負電荷を持つ(中原, 2003)。2:1型層状ケイ酸塩の層間にはCs+を閉じ込めるのにちょうどいい大きさの穴のような構造が存在し、その一部はマイナスに帯電している。また、この穴はCs+の他に、K+やNH4+を閉じ込めこともできる大きさである。そのため、マイナスに帯電した穴のほとんどがこれらの陽イオンの中で最も存在量が豊富なK+で埋められている。
しかし構造の外側では、風化によって層間が少し開いた状態となっているため、Cs+は侵入することができる。さらに、この少し開いた状態の層間(フレイド・エッジ)では、穴との親和性がK+<NH4+<<Cs+の順に大きくなるため、Cs+は他の陽イオンを追い出してこの場所を埋めることができる(Sawhney, 1972)。
Cs+が穴に到達するのに時間がかかるため、Cs+がしっかりと固定される反応はゆっくりと進行する(Comansら, 1994)。ただし、この場所をAlポリマー(Nakaoら, 2009)や有機高分子(Dumatら, 2000)が埋めている場合はCs+の侵入が阻害される。また、一度Cs+がこの場所に固定されると引き剥がすことは容易ではないが、上に述べた競合イオン(NH4+やK+)が土壌に高い濃度で添加された場合、Cs+を追い出することができる(Delvauxら, 2001)。
このように、土壌がCs+を引き付ける強さは、Cs+を固定することのできる場所の数と、この場所でCs+と競合するイオンやこの場所へのCs+の接近を阻害する物質の量、そしてCs+をゆるく引き付けておくことのできる有機物などの存在量のバランスによって決まる。土壌によってCsのふるまいに違いが見られるのはこのバランスが土壌ごとに異なるためである。例えば黒ボク土は、他の土壌群と比べてCsを引き付ける力が弱いことが報告されている(Vandebroekら, 2009)。
チェルノブイリ事故後の東欧や北欧における調査によると、Cs-137が土壌下方へ進む速度はほとんどの場合年間1 cm以下であり、事故から7年後に表層から10cm以内に78-99%が残っていると報告されている(Arapisら, 1997)。一方で、有機物に富む土壌や砂質な土壌では、Cs-137が土壌下方へ進む速度が比較的大きいことも報告されている(Rosénら, 1999)。なお、降水量の多い日本の土壌においても1960年代に沈着した大気圏核実験由来のCs-137は表層土壌に蓄積しており、表層から30cmよりも深いところではCs-137はほとんど検出されていない(Fukuyamaら, 2004)。Cs-137降下後に耕起された農地では、Cs-137は耕作土層にほぼ均一な濃度で分布する(Tsukadaら, 1999)。
2. 土壌から農作物へのCsの移行
土壌に沈着した放射性Csは、経根吸収によって農作物へ移行する。その際、同属元素のアルカリ金属であるKの影響を強く受けるが、経根吸収による植物体内への分配(転流)とその後の植物体内での再分配(再転流)により、CsとKの植物体内における存在分布割合は異なっている。CsとKの植物体での分布の違いを示す例として、収穫時のイネの葉身を若い葉(止葉)から順番に採取し含まれるCsとKの濃度を測定すると、K濃度は止葉から古い葉に向って順を追って減少するが、Cs濃度は止葉から順を追って高くなっていた。このことからも植物体におけるCsとKのふるまいは、必ずしも一致しないことがわかる(Tsukadaら, 2002a)。また、イネの白米、ヌカ、モミガラ、ワラ及び根の部位別Cs濃度も異なっている(Tsukadaら, 2002a)。
土壌中放射性Cs濃度から作物中放射性Cs濃度を推定する方法として、移行係数が用いられる。移行係数とは、土壌中放射性核種濃度に対する作物中放射性核種濃度の比を表す値であり、移行係数に土壌中放射性Cs濃度を掛けることによっておおよその作物中放射性Cs濃度を求めることができる。前述したように土壌の種類によってもCsの溶け出し方が異なっているため、土壌から作物への移行係数は、作物や土壌の種類によって異なる。表1に示す移行係数は、1950~1960年代に行われた大気圏核実験によって土壌に沈着したCs-137について、数十年を経過した後、日本各地の土壌と農作物(可食部)を採取し、測定した結果から求めた値である。表1に示した農作物では、白米の移行係数が最も低く、他の作物に比べおおよそ1桁低い値である。その他の作物の中で、葉菜類が若干高い値である。なお、それぞれの値は、おおよそ2桁の範囲にある。
3. 植物へのCs移行抑制の事例
1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故後、周辺の牧草地を中心に、Cs-137の植物への移行を低減化するための対策がなされた(Fresenco, 2007)。
地表に降下したCs-137は土壌の表面に残留しているため、汚染した表土を除去することでCs-137を取り除くことができる。この方法は農地から肥沃な表土を失うことに加え、高コストであり、除去した土の処理も問題となる。一方、深く耕起することにより植物根域のCs-137濃度を希釈し、吸収を減らすことが期待できる(IAEA, 1994; Vidal ら, 2001)。しかし、このような作業に伴い、汚染した土壌粒子の飛散による汚染拡大や、作業者へ与える影響に注意が必要である。
土壌溶液中のK濃度が低い場合、植物によるCsの吸収が促進されることが知られている(Shaw, 1993; Smoldersら, 1997)。そのため、特にK肥沃度の低い土壌において、K施肥によるCs移行低減効果が大きい(Lembrechts, 1993; Nisbet ら, 1993; IAEA, 1994)。酸性の土壌では、石灰中和によってCsの移行低減効果が認められている(Nisbetら, 1993)。前章で述べたように、NH4+は土壌に保持されているCs+を追い出す力が強いため、アンモニウム塩を含む肥料の施用は、Csの吸収を促進させる場合がある(Lembrechts, 1993)。ゼオライトやベントナイト等の粘土鉱物資材が土壌中のCs保持力を高め、植物へのCs吸収を低減化する効果も報告されている(Konoplevら, 1993; Vandenhove ら, 2003; Degryseら, 2004; Rosénら, 2006)。このような対策による低減効果は、土壌の性質によって大きく異なる。
これまでに水田地帯が高濃度の放射性Csに汚染された例はないが、放射性Csトレーサーを用いたイネのポット栽培実験が行われている。水稲は陸稲よりもCsを吸収するという報告がある(天正, 1959)。これは、水田土壌では窒素が主にNH4+として存在するため、土壌からCs+を追い出し、イネに吸収されやすくなるためである(天正, 1961)。また、水稲においても、K肥料はCsの吸収を抑制する効果が認められている(米沢ら, 1965; 津村ら, 1984)。堆肥施用が水稲によるCs吸収を抑制した例も報告されている(津村ら1984)。このような知見は、施肥法や水管理によって、Cs-137に汚染された水田土壌においてイネへのCs-137吸収を低減できる可能性を示している。
過剰な対策は農地の劣化や汚染の拡大を引き起こす危険がある。汚染程度に応じて対策の必要性を判断し、農地の生産力を維持しながら適切な管理をすることが重要である。
引用文献
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