原発事故・津波関連情報
日本土壌肥料学会
津波による農地の塩害WG
1.はじめに
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震では巨大津波を伴い、岩手県から千葉県の海岸部の約23,600haの農地が冠水、土壌の流出や土砂の堆積などの被害を受けた1)。その結果、塩過剰に弱い作物には1ヶ月以内に枯死に至ったものもある。わが国は海に囲まれ、高潮、潮風害等によって農地が塩害を受けた事例は過去にも少なくない。最近の海外の事例では、2004年12月に発生したスマトラ島西方沖地震に伴うインド洋津波による農地の被害例もある。
塩類が集積した土壌は、世界の乾燥地や半乾燥地または湿潤地域でも地下水位が高い場所で周囲から塩類濃度の高い水が侵入するような場所に見られ(塩性土壌)、また雨水が直接かからず施肥量が多い施設園芸土壌でも見られる。前者はカルシウム、マグネシウム、ナトリウムの塩化物、硫酸塩および炭酸塩を多量に含み、後者はカルシウムの硫酸塩と硝酸塩を多量に含むことが特徴である。これらに対して、高潮や津波による海水の突発的な浸水による土壌の塩性化は、多量の塩化ナトリウムによって引き起こされる。ここでは、高潮や津波によって被害を受けた土壌の性質と作物の塩害について概要を紹介する。
2.津波・高潮による農地被害
わが国および海外の高潮や津波による農地被害について、次のような事例がある。
1)昭和34年伊勢湾台風による高潮被害
昭和34年9月26日に来襲した伊勢湾台風は三重、愛知、岐阜の3県の農地に甚大な被害を与えた。高潮が最大で4.5mにも及び、各所で堤防が決壊し、土壌の流出・埋没、農地への土砂流入および冠水・浸水による被害面積は水田を中心に約32,000haに及んだ。木曽川、長良川、揖斐川が合流する河口部(三重県)の被害農地に関する調査2)によれば、河口地帯には地表3〜5cmの厚さの堆積物が洪水によって流入し、堤防決壊口付近では粗い砂を主とする砂丘が生じた。
人為的な除塩を行っていない農地(浸水期間は2ヶ月〜4ヶ月、調査は台風襲来から約半年後)の表層(洪水によって流入した堆積物、またはその堆積物と作土との混合層)は、土壌あたりの塩化物イオン濃度で1,000〜2,500 mg L-1、水飽和溶液*1の電気伝導度(EC)*2で10〜17 dS m-1と、多量の塩分を含んでいた。また、土壌の負電荷に吸着している塩分(交換性塩基)の内ナトリウムとマグネシムの割合が通常の農地よりもかなり高く、海水の影響が顕著であった。さらに、高潮によって流入した堆積物には硫化鉄(FeS)と黄鉄鉱(FeS2)より成る硫化物が硫黄として1,590〜5,340mg kg-1含まれていた。
*1:水飽和抽出液:土壌がペースト状になるまで水を加えた後、抽出した溶液。水飽和抽出液は土壌の塩類濃度の測定に用いられ、このECは土壌:水比=1:5による抽出液のECよりも高い値を示す。
*2:電気伝導度:溶液に入れた電極間の電気抵抗の逆数で、イオンの活量に比例する。間接的に水溶液の全塩類濃度のおおまかな尺度となる。
2)平成11年台風18号による高潮被害3)
近年のわが国の高潮による農業被害の甚大な例として、平成11年9月の台風18号による高潮被害がある。その被害は九州各県と山口県に及んだが、その中でも熊本県の被害が最も大きかった。台風による強風と満潮が重なり、不知火海最奥部の自治体の海岸に近い農地には河川を逆流したヘドロまじりの海水が流入し、収穫直前の水稲、ハウス野菜、果樹が収穫皆無となった。海水が流入した農地は1,426haに及んだ。海底や河川に由来すると考えられる泥土(ヘドロ)の堆積は低平な河川下流域で見られ、その厚さは連棟型のハウス内で11.5cmであったが、多くは1〜5cmであった。一方、海岸に直接面した地帯や堤防が決壊しなかった地帯では泥土の堆積はなかった。約1ヶ月後に調査した圃場の作土のEC(土:水=1:5抽出液)は0.12〜2.3 dS m-1、塩化物イオン濃度は110〜4,140 mg kg-1(ナトリウムイオン濃度は220〜3,260 mg kg-1)であり、作物生育が抑制されない安全基準値(土壌中の濃度として500〜1,000mg Cl kg-1)を超える圃場が多かった。さらに、作土の上に堆積した泥土の塩分濃度は作土よりも高く、ECで2.0〜13 dS m-1、土壌の塩化物イオンおよびナトリウムイオン濃度は3,740〜32,040 mgCl kg-1および3,020〜17,050 mgNa kg-1であった。
3)高潮による海水流入
ここでは、主に海水のみが農地に流入した場合の農地被害事例を見る。平成16年8月30日に香川県を来襲した台風16号は満潮と重なり、海岸部や海水が逆流した流域に海水をもたらした4)。平成20年2月24日の富山県東部では暴風による高波が防波堤を乗り越え、農地に海水が浸水した5)。前者では、浸水2日後の被害圃場の土壌EC(土:水=1:5抽出液)は、ニンジン畑で0.19〜1.0、水田で0.24〜1.3 dS m-1であった。後者では、浸水した作土の土壌EC(土:水=1:5抽出液)は0.5〜2.5 dS m-1であった。
4)海外の事例(インド洋津波)
2004年12月26日に発生したスマトラ島西方沖地震(マグニチュード9.1〜9.3)によって、インド洋に面するインドネシア、タイなどで高さ10m以上の津波が海岸を襲い、史上最悪の被害をもたらした6)。インド洋津波は農地に多量の塩分とともに堆積物をもたらし、堆積土砂が多いほど表層塩分濃度が高く、その堆積物の厚さの多くは20cm以下だった7、8、9、10)。土壌塩分のモニタリングが実施され、降雨が十分あり(年間1,000〜3,800mmの降水量)、排水条件が整っていれば,半年から2,3年で回復した例が報告されている11、12、13、14)。一方で,排水システムが損傷した場合は、3年間で3,000~7,000 mmの積算降水量があっても除塩が充分に進まなかったことも報告されている15)。これらの報告から、塩分が多量にもたらされた塩害農地の除塩を効果的に進めるためには、降水量や灌漑水量だけでなく、圃場の排水条件も重要であることがわかる。
3.津波・高潮は農地に何をもたらしたか?
1)塩分
表1 海水と河川水の主要成分 |
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|
海水*1 |
河川水*2 |
|
-------------mg L-1------------- |
|
Na+ |
10556 |
6.7 |
Mg2+ |
1272 |
1.9 |
Ca2+ |
400 |
8.8 |
K+ |
380 |
1.2 |
Cl- |
18980 |
5.8 |
SO42- |
2649 |
10.6 |
HCO32- |
140 |
31.0 |
*1:海水の平均成分組成(メイスン 一般地球科学(岩波書店、1970))16) |
||
*2:日本の河川水の平均成分組成(小林純、1960)17) |
高潮や津波による農地被害の最大の要因は、大量の海水が流入することによる土壌塩分の増加である。農地被害の事例でみたように、海水が浸水した土壌では塩化物イオン濃度や電気伝導度が高くなる。海水に含まれる塩類の濃度は場所や深さなどにより変化し、また普段の用水として使われる河川水も河川によってその成分は変動するが、ここでは平均海水とわが国の河川水の平均的な成分濃度を比較した。河川水に溶存しているイオンの濃度は低く、最大濃度の陽イオンはカルシウムである。これに対して、海水はナトリウムイオンと塩化物イオンの濃度が非常に高く、河川水の約1,500〜3,000倍となっている。また、海水中にはマグネシウムイオンがカルシウムイオンよりも多く、硫酸イオンの濃度も高い。海水は多量の塩分(約3.4%)を含むために、海水流入は農地に多量の塩化ナトリウムだけでなく、マグネシウムや硫酸イオンなどももたらすことになる。このようにして、海水が浸水した農地では塩化ナトリウムを主体とした塩分濃度が高まり、土壌中の水の浸透圧が高くなるために作物は水を吸収しにくくなり、塩害が起こる。
さらに、土壌の固体部分(固相)にも影響が及ぶ。土壌粒子(粘土や腐植)は負(マイナス)の電荷を持ち、陽イオンを吸着している。通常の農地土壌では、吸着イオンの大部分はカルシウムイオンで占められるが、海水に含まれる陽イオンと土壌に吸着したイオンとの間で交換反応が起こり、土壌の吸着イオンとしてナトリウムとマグネシムの割合が高くなる。ナトリウムイオンが多く吸着した粘土(土壌粒子の中で最も小さく、重要な役割をする粒子)は、水に分散しやすくなり、土壌の団粒構造は壊れやすくなる。分散した粒子は土壌の間隙に詰まり、透水性を悪化させる場合がある。これは、畑作物の根の酸素不足や、除塩(圃場に真水を灌水し、塩分を溶脱・除去する)の効率を低下させるなどの問題を引き起こす。
2)津波堆積物
農地被害事例にみられるように、津波は農地表層に土砂やヘドロ様の海底堆積物(泥土)を堆積させる場合がある。泥土は水分を多量に保持するために多量の塩分を含み、農地への塩分持ち込みを多くする原因になる。また、ヘドロ状で水が通りにくいので、降雨や灌水による除塩の能率を低下させる。
さらに、津波によって運搬された泥土は硫化物を含む場合があり、作物生産上の問題となる。マングローブが自生する潮間帯などでは、海水の影響と低酸素条件が伴い、海水中の硫酸イオンと堆積物中の酸化鉄が微生物によって還元されて、硫化物イオンと2価鉄になる。これらが反応して、硫化鉄(FeS)やパイライト=黄鉄鉱(FeS2)が生成する。これらの硫化物は陸上げされ、酸素が供給されると、例えば次のようにして硫酸を生じ、土壌を酸性化する原因となる。
FeS + (15/4)O2 + (7/2)H2O = Fe(OH)3 + 2H2SO4
さらに、硫酸イオンは湛水条件にある水田で還元され、硫化水素になる。多くの硫化水素は土壌中の鉄と難溶性の硫化鉄(FeS)になり無害化される。しかし、鉄含量の少ない土壌では硫化水素や硫化物イオンが遊離し、水稲根の養分吸収阻害や根腐れの問題を引き起こす。これらのことから、津波によってもたらされた泥土が厚い場合は、それらを除去することが農地修復を行う上で重要である。
4.塩害の原因と予測指標
1)塩害の原因
塩害とは、土壌中の過剰の塩類に起因する作物の生育障害を指す。高塩分環境に適応した塩生植物と異なり、通常の作物(中生植物)は高塩分環境では生育できないか、生育不良となる。作物根が接する土壌間隙に存在する水の塩分濃度の増加は、根細胞内外の浸透圧差の減少につながり、作物の生育にとって不可欠な水の吸収を阻害する。このような浸透圧ストレスによる水分吸収阻害以外にもナトリウムイオンによる害と塩化物イオンによる害が想定される。塩化ナトリウムを多く含む土壌での塩害の原因は、以下のように考えられている18)。
(1) 浸透圧とナトリウムイオンの害が複合的(不可分的に)に影響する。
(2) 浸透圧とナトリウムイオンの害の影響の程度は植物種によって異なる。
(3) 塩化物イオンが塩害の主因とみられる植物は少ない。
塩害の主要原因は作物種によって異なるので、1例としてイネについて考えてみる。イネの耐塩性は作物の中では弱いランクに位置づけられるが、品種間で大きな変異がある19)。培養液に塩化ナトリウムを添加して行った水耕栽培実験では、イネ地上部の生育量は地上部のナトリウム濃度が高い品種ほど大きく低下した。このことはナトリウムを地上部に移行させにくい、または吸収しにくい(根から排除する能力が高い)品種が塩化ナトリウム濃度の高い土壌での塩害に強いことを表す。また、イネ地上部の生育阻害は地上部の塩化物イオン濃度よりもナトリウム濃度とより密接な関係を示したこと19)、高塩化ナトリウム培養液にカルシウムを添加するとイネのナトリウム吸収は抑制され、生育阻害が緩和されたこと20)、からイネの塩害は高浸透圧による吸水阻害とナトリウムの害が複合的に影響していると考えられた。
さらに、高マグネシム環境では根の機能阻害21)(例えば、キュウリ)を引き起こすことが知られており、土壌の可給態マグネシムが高くなると、作物のカルシウム吸収が抑制されることも考えられる。海水浸水によって土壌の可給態マグネシウムが増加することにも注意が必要である。
2)塩害を予測する指標
塩分集積による農地被害を評価し、除塩を適切に実施するためには作物に対する塩害を予測する指標が必要となる。上述したように、海水の影響を受けた土壌の塩害を予測するには土壌のナトリウム濃度が適していると考えられる。しかし、わが国では土壌の水溶性塩化物イオン濃度や懸濁液(土壌:水=1:5)の電気伝導度(EC)が土壌塩類濃度の指標として用いられている。作物の塩害限界指標値として、水溶性塩化物イオン濃度(Clmg kg-1)は水稲で1,000、野菜類で500(熊本県22))、水稲で1,000〜1,500、野菜類で400〜1,500(香川県4))、懸濁液EC(dS m-1)は水稲で0.7、野菜類で0.5(熊本県22))、水稲で0.9、野菜類で0.4(香川県4))、水稲で0.5(中田5))、といった値が提案されている。
土壌懸濁液のECは、その測定が容易であること、溶液中の溶存イオンの総濃度(正しくは活動度)に比例すること(したがって塩類濃度の推定に使用できる)、作物の吸水に直接的に影響する浸透圧と比例すること、などから塩害が起こりうる限界指標によく用いられている。しかし、塩害限界指標値を一律に決定することには困難さが伴う。それは、作物側の要因(作物種、品種または生育時期によって耐塩性が異なる)と、土壌側の要因(懸濁液のECと作物が影響を受ける根周辺の水(土壌溶液)のECとの関係は土壌の種類(陽イオン交換容量の違いが大きく影響する)によって異なること23))によって起こる問題である。
以上のことから、懸濁液(土壌:添加水=1:5)のECを用いて海水の影響による塩害を予測する指標値を設定するためには、作物種、品種および生育時期を特定し、生育阻害が起こる土壌溶液のECやナトリウムイオン濃度を評価し、陽イオン交換容量でグループ分けした土壌ごとに土壌溶液と懸濁液のECの関係を求めることが必要になる。しかしながら、現実的には多様な作物、品種および土壌を対象に、しかも迅速に塩害対策を講じることが求められることから、これまでの研究データを総合的に検討しつつ、安全を見計らって塩害予測指標値を設定することになると考えられる。
引用文献
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21)嶋田典司(1972)千葉大学園芸学部特別報告、6
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