学会について
このたび、一般社団法人日本土壌肥料学会の会長を拝命いたしました北海道大学の信濃卓郎です。就任にあたり、所信の一端を述べさせていただきます。
2024年の年末、研究打ち合わせのため、コロンビア・カリにあるCGIAR(国際農業研究協議グループ)傘下のCIAT本部を訪問する機会を得ました。庁舎内の廊下には、CIATの設立に至る歴史を紹介するパネルが展示されており、同機関が1967年に設立されたにもかかわらず、一番最初のパネルは1960年のものでした。そこには、Peter Jennings氏と並んで議論を交わす、田中明先生の写真が飾られていました。CIATの職員によれば、IRRIでのIR8の成果があったからこそ、CIATの設立が実現したとのことでした。作物の栄養生理学的理解を基盤とし、異なる土壌環境における養分供給能を考慮しながら収量向上を目指した育種理論と、それを支える実践的な栽培体系がIR8の開発に結実したという説明を受けました。
土壌肥料学の進展は、土壌中の養分と植物の生育に必要な要素の解明から始まり、スプレンゲル(Philipp Carl Sprengel: 1787-1859)に端を発する無機化学を基盤とした作物栽培技術の確立へと発展してきました。植物栄養学の観点からは、土壌に含まれる養分をいかに植物が利用可能な形で引き出すかが、古代からの重要課題であり、その過程で「耕す」という行為が大きな意味を持ってきました。さらに人口増加の圧力は、外部から養分を補う技術の進展を促し、人類の発展を支えてきました。
しかしながら、その一方で、大量の養分の外部投入による環境への負荷が20世紀半ばから顕在化し、環境保全と作物の生産性向上の両立が新たな課題となりました。その課題に応えるべく、土壌の機能を再定義し、それに基づいた高度な栽培技術の開発が進められました。そして、21世紀に入り、地球規模の課題として気候変動の影響が一層深刻化する中で、土壌の多面的機能に対する注目がさらに高まっています。土壌はもともと膨大な炭素を蓄積しており、その利用(耕作)は有機物の分解を伴うものでした。長年にわたる利用により炭素を放出してきた土壌に、いま再び炭素を蓄積することが地球温暖化緩和のために求められています。
このような視点に立つと、土壌と作物栽培は一見相反する要素のように見えるかもしれませんが、適切な技術を用いることで、作物の栽培を通じて土壌への炭素蓄積を促し、土壌の肥沃度を高め、生産性を安定化・向上させることが可能となります。さらには、こうした技術が地球環境変動へのレジリエンスの向上にも寄与する可能性があります。夢物語に聞こえるかもしれませんが、こうした視点に立つことで、土壌と作物の両分野が連携し、土壌肥料学は新たな発展段階に進むことができると確信しています。
そもそも、先人たちはなぜ「土壌肥料学」という学問分野を立ち上げたのでしょうか。その原点に、いま一度立ち返るべき時が来ているのではないでしょうか。会長として、学会内における融合的な研究や発表の機会を一層拡充していきたいと考えております。その意味でも、前会長・藤原先生が繰り返し強調されていた「若手の育成と支援」は、今後ますます重要になると考えています。
土壌肥料学会が若手研究者の皆さんにとって、魅力的な組織となりうるにはどうすればよいか。参加を通じて新たなネットワークが生まれ、思いもよらぬ研究の糸口が見つかる——そうした体験が実現できるような学会を目指してまいります。
2027年には、本学会は創立100周年を迎えます。関係者の多大なるご尽力により、記念シンポジウムの開催や、公開シンポジウムのオンデマンド配信、功績を遺された先人の研究者による日本土壌肥料学雑誌への寄稿、さらには他学会との合同100周年記念シンポジウムの準備等が着々と進んでいます。この100周年を、次の100年の礎とするべく、会員の皆様のご協力を心よりお願い申し上げます。