原発事故・津波関連情報
農業環境における放射能汚染の低減化に関する提言
日本土壌肥料学会
土壌・農作物等への原発事故影響WG
1.はじめに
これまでに日本土壌肥料学会のホームページで6回にわたり、学会員及び会員外にも呼びかけ、延べ30名に協力を頂き「原発事故関連情報」を掲載してきた。6回の掲載のうち5回までが放射性セシウム(Cs)に関する記述である。今回の福島第一原子力発電所の事故により環境中に放出された主な放射性核種は、放射性ヨウ素(I)と放射性Csであり、約5000 TBq(チェルノブイリ原子力発電所事故の約10%)が放出されたと推定されている。WGでは、I-131の半減期が8日と比較的短く、事故当初は大きな問題となるが比較的短時間で収束するであろうと予測されたことから、事故後の農業活動に長期にわたって影響を及ぼすであろう放射性Csに重点を置いて紹介してきた。放射性CsのうちCs-137の半減期は30.1年であり長期間にわたって環境中に留まるため、農業環境にとって重い負担となると考えたからである。
今回、これまでの知見を踏まえ、日本土壌肥料学会「土壌・農作物等への原発事故影響WG」としての提言をまとめた。この提言を以って「土壌・農作物等への原発事故影響」の発信を一旦休止するが、これまでの報告および今回の提言を、今後の試験研究や対策に反映していただければ幸いである。
2.汚染状況
SPEEDIの解析結果やモニタリング結果からも明らかなように、福島原発から北西方向で激しく汚染しており、偏在が認められる。このことから先ずは、一刻も早く土壌汚染状況の詳細地図作成が求められる。土壌に沈着した放射性Csは速やかに土壌粒子に固定され、土壌中での移動は少ないと予想される。しかしながら、土壌が十分に攪拌されていない状況では極表層土壌に高濃度に存在する放射性Csは風による土壌粒子の舞い上がりや侵食によって汚染を拡大させる要因にもなる。また、福島県内の約7割の圃場が水田であることを考慮すると、水の利用に伴う土壌粒子の移動も汚染を拡げる原因になる。
3.提言の骨子
ここでは、農業環境における放射能汚染による被ばく低減化に向けて、以下に示す5項目の提言を示す。
1)農業環境における放射性Cs汚染拡大の防止と環境回復
土壌の汚染状況には偏在が認められる。そのため、汚染状況によってカテゴリー化し、表層土壌の除去、上層と下層の反転耕起、ロータリー耕による混合等の対策を講ずることが求められている。特に、汚染の高い土壌では、被ばく管理や汚染拡大阻止から速やかな表層土壌の除去が求められる。
2)農作物における放射性Csの移行の予測と低減化
農作物中放射性Cs濃度を削減する対策として有効な手段の一つにカリウム(K)肥料の施肥がある。しかしながら、わが国では多くの圃場で充分なKが施用されており、土壌から作物へのCs-137移行抑制には多大な効果は期待できないと考えられる。また、粘土鉱物などのCs吸着資材の施用効果は、土壌特性に依存するため低減対策として取り入れるためには検討が必要である。土壌中放射性Csを希釈するとの観点から耕起作業による土壌の混合や上下反転は有効な対策であると言える。農作物中放射性Cs濃度を予測するための手段として、これまで移行係数を紹介してきた。移行係数を用いて、土壌中放射性Cs濃度から規制値以下の作物となるか否かのおおよその予測が可能であり、土壌のカテゴリー化に資することができる。一方、比較的濃度の高い土壌については、放射性Csの特異吸着量を示す指標*が、作物中放射性Cs濃度を推測する上で更に有効な手段となろう。更に、日本土壌肥料学会としての知見を集約し、土壌特性を加味したきめ細かな有効な対策を打ち出すことができると思われる。
3)農業従事者の被ばく線量管理
農業従事者は、野外での作業時間が長く、土壌に接する機会も多い。そのため、耕起や収穫等土壌の舞い上がりによる吸入、手に付着した土壌粒子の摂取に対する対策として、特にマスク、手袋の着用を推奨する。また、野外の様々な場所での作業を勘案し、積算線量計を携帯し外部被ばく線量を管理することも必要であろう。繰り返しになるが、表層土壌の除去や耕起などの対策は作業時の被ばく低減にも有効である。
4)汚染した作物体の処分およびそのための技術開発
汚染地域で栽培される作物(可食部)は、規制値以下であれば流通することになる。しかしながら、規制値を超えた作物、汚染している非可食部(一般に非可食部のバイオマス量は多く、可食部より高い濃度であることが多い)やファイトレメディエーションによる植物体については、汚染拡大を防止するため、処分方法を明確にする必要がある。そのためには、植物体からの放射性Csの除去や減容方法についての技術開発と対処方法を打ち出すことも必要である。
5)移行モデルの構築
今後の農業環境および作物中における放射性Csの移行を予測するために、土壌特性、気象条件などの地域の特性を考慮した移行モデルの構築、パラメータの充実と整備が求められる。
4.最後に-謝辞に代えて-
これまでの報告や提言の作成に当たり、チェルノブイリ原子力発電所事故対策で多くの経験と知見を有するルーヴァン・カトリック大学のCremers名誉教授及びSmolders教授から多くの助言を頂いたこと、両者との接点を設けていただいたベルギー大使館に感謝申し上げます。また、学会執行部には、WGとしての発信の許可と特段のご配慮を頂き、その英断に感謝申し上げます。
復興に向けての段取りができつつありますが、まだまだ道の先がはっきりと見えず、希望が持てない状況です。しかしながら一歩一歩邁進することで道ができ、歩んだ先に新たな環境ができあがることを信じています。我々学会員には、一般の方にも正しい知識を普及し、一人ひとりが理性を持って「正しく怖がる」ことが求められています。
* 放射性Csの特異吸着量を示す指標としてRIP(Radiocaesium Interception Potential)が用いられる。土壌に降下した放射性Csは粘土鉱物の一種である雲母類の風化によって部分的に膨潤した末端部の層荷電(フレイド・エッジ)に特異的に吸着される。そのため、フレイド・エッジの容量が大きい土壌ほど放射性Csの移動性は小さくなり、作物に移行する放射性Csの割合が小さくなる。RIPは、土壌中に存在するフレイド・エッジの容量を知るための指標値であり、陽イオン交換容量と同様、土壌ごとに固有の荷電特性値として扱われる(Cremersら, 1988; Wautersら, 1996)。また、RIPは137Csの土壌-植物間の移行係数と高い負の相関を示すことが報告されている(Delvauxら, 2000)。
Cremersら(1988) Nature 335, 247-249.
Delvauxら(2000) Environmental Science and Technology 34, 1489-1493.
Wautersら(1996) Applied Geochemistry 11, 589-594.